「朗読劇」は本を読むだけでは・・・ナイ


音楽朗読劇「セイムタイム・ネクストイヤー」公演まであと2日☆

今回は、ドリスを演じるMihiromyが呟きます。いえ、語ります(長いから)。

まだまだ関西では馴染みが薄い朗読劇

「朗読会」などは割と目にする機会も徐々に増えてはきているのですが。。。

今回のジャンルは「音楽朗読劇

朗読・・・朗読劇、朗読会?
ん?何か違うの?
朗読でしょ?
本、読むんでしょ?

いえいえ、ちゃんと違いがあるんです。
私たちが表現する「朗読劇」
それは・・・

3年前のホワイトデー。
私の朗読劇人生がスタートしました。
始めた頃は、
 
朗読?
本読むの?
なにそれ?
 
声かけた人達の一部はこんな反応。
その頃は、上手く表現出来なかった。
こんなに楽しいものを。どう楽しいのか。
ただ、私の頭の中にある想像は『面白さ』と『成功』と・・・そんなポジティブな想像だけは沢山あるんだけど、朗読劇を知らない人へのアクションが難しかった。

面白い小説を読んで、それが映画化されて、それが期待はずれだった時の事を思い出してほしい。

なぜそれが期待はずれになってしまうのか・・・

それは、小説に出てくるキャラクターを読み手の頭の中で想像しているから。
その想像とかけ離れたものを見せられると、拒絶反応をおこす。

朗読劇は、その頭の中の想像を私達リーディングアクターとお客様とで共有するのです。

想像力の共有。

まず、出演者同士で頭の中で同じ世界観を共有する。そう信じるものを共有、発信する。
それを聞いたお客様は、ご自身のこれまでの経験や想像力で、私達の世界観とを混ぜ合わせて、自分のエッセンスを含んだ最高に刺激的なストーリーが頭の中で組み立てられていくのです。

脳への刺激は、即、心の動きと連動して、薬物中毒のようになります。

これが、朗読劇の面白さ。
人がいかに想像力というものが人生に必要かということに気づくはずです。

さて、私は朗読劇と言っていますが、朗読とはどう違うのでしょうか?

実は、YouTubeで検索したら、沢山の朗読がアップされています。
小説は、進行や状況説明などの部分と、かっこでくくられた会話文とで基本的には成り立っています。
一人称小説というのはとても数が少なく、だいたい数人のキャラクターが出てくるのが普通です。
なので、小説を朗読する人は、ナレーション的な役割も含め沢山の役割を担わなければなりません。

10ページほどの小説があれば、それは超短編小説になりますが、皆さんは、10ページ朗読(声に出して読む)するには、どれくらいの時間が必要かご存知ですか?
文体や、文字数にもよりますが、約1時間ほどかかります。

一人の人間が、入れ替わり立ち代わり演劇のように色んなキャラクターを演じながら巧みに声色を変えながら読んでも、1時間それを聴き続けるのは、正直耳も疲れてきて苦痛です。
むしろ、読み手は感情を抑えながら読む方が、聴いている方はずっと楽です。

ただ、少々単調気味の朗読をどれだけの人がずーーーっと集中して聴き続けられるでしょうか。

YouTubeやCDのように、途中で止める事ができ、自分のタイミングでお手洗いにいったり、コーヒーを持ってきたり出来るものなら、それは素敵な時間を過ごせるかもしれません。

しかし、生の舞台で朗読は、、、オススメはしません。
それがお好きな方もいるでしょうが、大半の方が眠くなるんじゃないでしょうか?
私はこれまでプロと呼ばれる人達のそう言ったものを何度となく聴きに行きましたが、よくお客様が頭をカクカクさせている姿を見ます。
これは、読み手の自己満足以外のなにものでもない。

朗読劇は、想像力です。
想像力は、どんな人でも持っているものです。
朗読劇は、皆さんの持っている想像力を刺激します。
私達、朗読表現者空間ベクトールの朗読劇は、必ずそういった朗読劇をお届けいたします。

その刺激がどんなものか、是非足をお運びいただいて、感じてほしいです。

SameTime NextYear

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